
Day 0 :就活150社全落ちの絶望と再起の第一歩
1. 「人生詰んだ」と思った、大学3年生の6月
大学3年生の就活が最終局面に入り、内定報告が次々と飛び交う6月。
私はふと応募履歴を見返しました。
結果は——エントリー153社、面接進出27社、内定ゼロ。
同級生は夏休みの旅行計画や引っ越し準備に盛り上がる一方、私は「自分は社会から必要とされていないのでは?」という不安に押し潰されそうになっていました。
家族や友人には「まだ選考中の企業がある」と笑って見せていましたが、実際には残りの可能性は限りなくゼロ。夜になると眠れない日が続きました。
2. なぜ150社も落ちたのか?——就活失敗の原因分析
振り返れば、就活全落ちの理由はいくつもありました。
- 初期の過剰な自信
推薦枠で応募した大手食品メーカーの最終面接まで進み、面接官とも好感触。これをきっかけに「自分はいける」と勘違いしてしまった。 - 企業研究の浅さ
とりあえずエントリー、とりあえず面接。志望動機が薄く、説得力を欠いたまま臨んでいた。 - 自己分析不足
自分の強みや価値観が曖昧で、面接で語る軸がなかった。 - 「落ちグセ」の定着
連続不合格で自信を失い、覇気のない表情や声になっていた。
この経験から学んだのは、就活は応募数よりも質が重要だということ。量だけ増やしても結果は変わりませんでした。
3. 地方大学生の就活の現実——見えないハンデ
私の通っていた大学は都市部から遠く、最寄りの大都市までバスで3時間以上。
当時はオンライン面接も少なく、首都圏の企業面接に行くには夜行バスが必須でした。
夜23時に出発 → 翌朝5時に新宿着 → 漫画喫茶で面接準備 → 午前中に面接。
これが週2回続き、合間には学業やアルバイトもこなす日々。
現在はオンライン面接が普及しましたが、地方大学生には依然として情報格差や地理的ハンデが残っていると感じます。
4. 立て直しと大学院受験という選択肢
150社全落ちという現実を前に、私は就活を一旦中断。
最後の手段として、大学院進学を考えました。
しかし、同じ大学の大学院では親の納得は得られないはず。
私は4人兄弟の3番目で、家庭の経済状況は厳しく、高校時代から「大学に行くなら国立、無理なら自衛隊」という親の方針がありました。
大学院の学費支援を受けるには、納得させるだけの理由が必要。
そこで、日本最高学府——東京大学大学院受験を目指すことを決意しました。
次回へ続く——就活全落ちから東大大学院合格までの道のり
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